ピラミッド又は祭壇画
自己実現とは
職場では頼みもしないのに「マネジメント基礎研修」「異文化理解研修」「サステナビリティ研修」などあまり私自身の日常には役に立たないようなセミナーに送り出されることがよくあります。私という職員の人事分類が、女性であり、外国籍であり、非白人であり、母親であり、プレ・プレシニアでありと、「要援助」のチェック欄をほぼ全て埋めているからなのかもしれませんが、少し申し訳ない気持ちになりつつも、いつも新しい何かを学べることを楽しみに参加しています。また、こういった組織開発の研修は、内容はもちろんですが担当の講師もなかなか合理主義(な教え方をされるの)で、感情抜きの学習となり時にはそれが気分転換になったりもするのです。
ですので今回の私の話は、専門的な知識として受け取らずに「カフェのカウンターで語られる心理学(psychologie du comptoire)」だと思って読んでいただきたいと思います。もしくは、駅のキオスクでゴシップ誌を買うのは気が引けるので、思わず手に取る「フィロソフィー・マガジン」みたいなものとも。
そんなビジネス講座のある一つの中で「マズローのピラミッド」が出て来ました。ホワイトボードに先生が大きく三角形を書いて、それを5つに割り、その一つ一つが「私たち(人間)の欲求の何に当たるか」というのを説明していく、あれです。ご存知の方も多くおられると思うので詳しい話は端折りますが、先進国で生活する私たちはほぼ、ピラミッドの下の2つの段階(生理的欲求・安全の欲求)を自動的に満たしているということになるようですね。要するに、着るもの食べるもの住む場所も、最低限のものではなく、「まあまあ良い」暮らしをしているという意味でです。(安全な場所にいる、食べ物に困っていないなど) 当然フランスにも日本にもそれに恵まれない方達は沢山おられることはわかっていますが、研修は常に効率重視、そこで細かい事情に言及するとクラスは進みません。
ではそういったほぼ生理的な欲求が満たされると次に出てくるものは何かという話になるのですが、マズローいわくそれは社会的欲求と愛の欲求だそうです。愛の欲求とは、つまり愛されたいと願うということだというのは解るのですが(私はそれがもっと原始的な欲求 - ピラミッドの一番下 - だと思っていました)、それでは社会的欲求とはなんぞやとなります。これは英語(Belongingness need)やフランス語(Besoin d’appartenance)での表現の方がピンとくるのではと思うのですが、「何処(どこか)に属すことを必要とすること」とでも言えますか。つまり会社でも、学校でも、宗教団体でも、友人グループでも国家でも、何でもいいのですが、何らかの集団に所属することを欲するようになるそうです。
それでは「何かに所属したい」欲を満たす為に私たちは何をするのでしょう。簡単に言うと、その「グループ」の中の人たちと同化(assimilate)するということになるかと思います。例えばその組織体のユニフォームを着たり(スポーツチームのものや学校の制服)、メンバーが集まる場所に行ったり(教会のミサに参加するなど)、一定のルールや規約に従ったり(ベジタリアン食・共産主義)など、同化をするにも色々な方法があります。
この「何かに属したい」という欲求というものが、ほぼ本能的(動物的)なそれの、わずか後にやってくるとすると(マズローの提唱が正しければの話)、私たちの普段とっている行動の深層には常にこの社会的欲求があるということでしょうか。お化粧をするのも、しないのも、服を選ぶのも、美術館に行くのも、ジムに通うのも、バカンスに出かけるのも、無農薬の野菜を買うのも、ニュースレターを書くのも、ともかく望んでいる「グループ」の一員に相応しくなるため - そしてそれを他者から認めてもらうため - に、それに見合った行動を取らなければいけないと、いつも皆んな(私も含め)心がけているということでしょうか。ふむ納得がいくような、いかないような。
そこから更に4つ・5つ目の欲求の話も出てくるのですが、授業はここで一旦コーヒー休憩。私もこれ以上は皆さんの向学心にお任せしますね。
ところで話はそれ(るかに見え)ますけれど、「段々に線の入ったピラミッド」というとすぐに思いつくのが、ヒルマ・アフ・クリント1の「祭壇画 - Altarpieces」というトリプティックの中の一つの絵です。
アフ・クリントは近年東京国立近代美術館で大規模な回顧展が開催されていたので、どのようなアーティストかご存知の方も多いかと思いますが、言ってみれば、この多少浅はかな「ビジネス研修」のようなものがまかり通る市場中心の物質的な社会とは遥か遠く隔たった、精神的・神秘的世界に生きた女性でした。私は2008年ポンピドゥー・センターの展覧会「Traces du sacré2」の中でアフ・クリントの作品を見て「この作家は一体どんな人間なのか !」と衝撃を受けたのを覚えています。多分作家の持つ精神性ゆえだと私は思うのですが、全ての作品(7点展示)から得体の知れぬ念力がにじみ出ていたのです。
さて、そのアルターピース(祭壇画)のピラミッドの頂点には“調和と統一の啓示”と受け取られる(キャプションにそう説明されている)金色の球体が描かれていて、下の物理的次元から上の精神的次元へ昇っていくことで到達できる境地の象徴、というのがこの絵の解釈なのだそうです。
そういえば講師がマズローの欲求5段階説を私たちに説明するとき、全く同じようなことを言っていたような覚えがあります。正反対の世界でそそり立つ二つのピラミッドは、実は同じ高みを目指しているということでしょうか。私がいつも考えている普遍性に、またここで出くわしたわけなのですが、どう思われますか。
皆さんの自己実現理論の解釈も是非聞かせてくださいね。(カフェのカウンターで。)
それでは、良い復活祭の日曜日を。
フランスでは初めてとなる大規模なヒルマ・アフ・クリント展が、来月5月6日よりグラン・パレにて開催されます。グラン・パレRmnとポンピドゥーセンターの共同プロデュース。



