フランスの文化省は、今ですら「文化省」だが、1997年から2017年までの20年間は「文化・コミュニケーション(通信)省 - Ministère de la Culture et de la Communication」という名称だったので、私を含め古株の職員の間ではこのミニスタリーの通称は「MCC - エム・セ・セ」であった。そして公立の博物館や美術館などといった機関の多くは文化省の「後見を受けて = ”sous tutelle (under the authority)”」いるので、私たちは省の役人達を「エム・セ・セのヒト」と多少皮肉を含んだ呼び方をして煙たがったりしたものだが、現在は文化省から「コミュニケーション(通信)省」というのが取り去られてしまったので以前の愛称もいつの間にか使われなくなってしまった。
それでは「コミュニケーション」を司る行政機関とは何であろうか。それは、国民の「表現の自由」や「報道においての公平・公正」、「すべての市民の”知る”権利」などを守る為の主導を担うというようなものなのだが、漠然としていて実際何の役に立っているのか分かりづらい。とはいえ現在でもフランスでは国営テレビ局(フランス・テレヴィジョン)や国営ラジオ(ラジオ・フランス)といった”Audiovisuel public - 公共放送”の存在感は抜群だ。仏公共放送は、独立性と多様性を尊重した公平な情報発信を保証し、すべての国民がテレビ・映画・舞台芸術など文化的なコンテンツにアクセスできること、フランス語やフランス文化の発信や促進をすることなどというミッションを背負っていて、多くの市民がこういった国営の報道機関から情報を得ていることは間違いない。そして単なる”エム・セ”になってしまったとはいえ、実をいうと今でもかなりの割合の文化省の予算がこの”オーディオヴィジュアル・ピュブリック”の運営の為に充てられている。1
フランスという国が芸術文化に使うお金、言い換えれば「仏文化省に与えられる国からの予算」は他国に比べても多額の金額だ、大したものだ、という話を日本人の方と度々することがあるのだが、細かいことを言うと仏政府は単純に「文化」のみにお金をかけているだけではないのだ。情報発信、つまり広い意味での「文化=知的活動、を通信する事」にも同様に沢山の資金を注ぎ込んでいるのだ。もちろんそれに関しては賛否両論があるにしてもである。2
公であれ私であれ、ともかく「コミュニケーション」というフィールドは決して走行が安易な場所ではない。一人よがりで発信される公開書面(ブログやSNS)や、何者かに利益を与えることが根底にあるインフォメーション(広告)、事実を曲げたニュース(フェイクニュース)など障害物のオンパレードだ。
そして情報を発信する者と受信する者の繋がりも、思わぬ力関係が生まれてしまうような大変デリケートなものである。例えば大人が小さい子供に難しい事項を分かり易く説明したり、文字が読めない人に看板に書かれている内容を教えてあげたりするのは、「案内」という名のコミュニケーションである。強者、弱者という関係性が明らかに見えてくる場面だ。この様な場合、もし私が「案内をする者」であるとしたら、「案内される者」の弱みにつけ込んで私はいくらでも情報を捏造することができる。それをさせないのは、倫理観や使命感であり、そしてもしも「正しい案内」を請け負うのであれば、伝えるべき情報を「完全に」理解することもまた私の責任となるのだ。
そのような「正しい情報の取り扱い」に関する基本的な学習がされないまま、近年はあらゆる人が情報発信をしている。私もその中の一人である。
私がこのサブスタックで文書を発信しはじめて6ヶ月が過ぎた。13号に渡るニュースレターでは常体の文末表現に挑戦して、出来る限り「虚構の」コミュニケーションとならないよう懸命に書いてきた。ただし自分なりに精一杯牽制したとはいえ、多少の媚や、脚色、自分の置かれている立場をひけらかしたような部分が、いくつもあったと反省している。読んでくださっている方ももう私の話は良いから、肝心のフランスの芸術文化情報を送ってくれと思われているのではないか。
という訳で、次のセメスターは出来る限り「私」を取り除いた情報発信を目標にして、ニュースレターを書こうと考えている。文章のスタイルなども変えてみるつもりだ。この夏休み中に色々と試行錯誤することが私の宿題となりそうである。
皆さんはこの夏、誰と、どのようなコミュニケーションをされるのだろうか。お休みを取られる方も、そうでない方も、どうか良い7・8月をお過ごしになられるよう。
Bel été !
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次回のニュースレターは9月の発信となります。
P.-S. フランスの公共テレビ局の一つであるARTE(ドイツとの共同出資により運営されている)では、フランスで開催される大展覧会などに合わせたとても良いプログラムが放送されます。今放映中のNiki de Saint Phalle, Jean Tinguely et Pontus Hultenやセザンヌの番組も面白いので是非。また#8 - 苦しみと芸術で言及したニコラ・ド・スタールのドキュメンタリーが、また視聴可能となっています。
https://www.culture.gouv.fr/fr/presse/dossiers-de-presse/presentation-du-budget-2024-projet-de-loi-de-finances-du-ministere-de-la-culture
この2024年の文化省の予算に関しての書類の6ページ目でわかりやすく説明されています。こちらの例では2024年度の「文化予算」の内訳では文化省自身のクレジットは44億6600万ユーロ、オーディオヴィジュアルにかける金額は40億2500万ユーロ、という事です。2025年度版の書類は、表記の仕方が変わっており多少わかりにくくなっています。
https://www.franceinfo.fr/economie/medias/la-reforme-de-l-audiovisuel-public-rejetee-des-l-entame-des-debats-a-l-assemblee-nationale_7348230.html
正に最近までこの公共放送に関しての体制を改革しようという動きがあり国民議会でディベートされていました。資金元となるホールディングスを建てて新しい経営方針に、というような提案だった様ですが、フランス・テレヴィジョンやラジオ・フランスの多くの記者や関係者がそれに反対するためのストライキをしていました。そして結局、議会での改革の容認は受けれずに終わりました。
いつも出口さんのバランスの取れた感性と知性に感銘を受けつつ読んでいます。
今回もそうでした。
出口さんが夏休み中に試行錯誤を繰り返し、
9月からは立ち位置新たにニュースレターを届けてくださるとのこと、
とても楽しみですが、一読者としての感想をお伝えさせていただくと、
出口さん自身の目線や着眼に私たちは興味を持っているからこそ
このニュースレターを楽しみにし、愛読しているのだと思います。
出口さんのニュースレターですから、出口さんが納得できるスタイルで
続けられることが一番です。
が、私たちは「出口さん発」の情報を楽しみにしています!